仲間達也会長インタビュー「生涯スポーツとしてのボクシング」
- Nagai
- 10月26日
- 読了時間: 8分
更新日:10月27日

■ボクシングを始めたきっかけを教えてください。
中学生の時に理髪店で「はじめの一歩」を読んでボクシングを好きになりました。
ちょうど主人公の一歩君が、勇利アルバチャコフ選手がモデルと言われるヴオルフ・ザンギエフ選手と試合をしていた頃です。漫画を通して現実の試合や選手にも興味を持つようになりました。
中学2年生になって、ボクシングをやりたい、と両親に相談してジムに通い始めました。最初は縄跳びやシャドーボクシングだけでもヘロヘロでした。それがとても楽しくて、毎日ジムに通うようになり、試合に出てみたいと思うようになりました。
当時私は、中学受験後に私立の中高一貫の進学校に通う、どちらかというとスポーツよりは勉強を頑張ってきた生徒でした。
そのため両親は、ボクシングなんか長く続かないだろうと考えていた様です。それが深みにはまり、『試合をやりたい』ですから、どれだけ心配したかは想像に難くありません。しかしながら、最終的に、両親は試合への出場を許可してくれました。
競技引退後だいぶ経ってから、ふと、なぜ試合に出ることを許可してくれたのかと父に尋ねました。
試合に出たいと僕に言われた後、両親で高校生のアマチュアボクシングの大会を見学に行ったそうです。
プロボクシングとは異なり、ストップが早く、安全管理に配慮しており、これなら両親として安心して参加させられると感じたそうです。
安全性は、競技普及のためにとても重要である事を示す、重要な言葉だと今でも感じています。
■それから競技生活へ入っていたのですね?
当時はアンダージュニア(小中学生)の試合はなかっため、高校生から試合に出るようになりました。
ボクシングが盛んな高校へ転校する選択肢もありましたが、中高一貫の私学に通っていましたので、そのまま予定通り(ボクシング部のない)高校へ進学し、ジムで練習を続けました。大会へは父と一緒に先生へお願いし引率して頂きました。
プロのジムで練習していましたので、最初はルールの違いに対応できず、とても苦労しました。
デビュー戦では1ラウンドKOで勝ちましたが、翌日はオープンブローと頭の位置が低いと何度も指摘され、最終的に失格負けでした。
それから、アマチュアの強豪高校の練習に参加し、アマチュア独自のルールや駆け引きを学び、県大会や九州大会で優勝できるようになりました。
当時は本当に、全身全霊をかけて、インターハイでの優勝を目指して練習していました。
■10年後、20年後に染みてきた父の言葉
残念ながら、ラストチャンスのインターハイで私は敗北します。
18歳の私にとってこれは本当にショックな、受け入れ難い出来事であり、「すべてが終わった」と感じました。
私の競技生活にずっと付き合ってくれた父が、その私に、「いや、これからだぞ」と言ってくれた事をよく覚えています。
18歳の私は「何を言っているんだ。これからじゃなくて、ここで終わったんだ」と感じ、父の言葉は当時の私の心にはまったく響きませんでした。
ボクシングを始めて5年、人生のリソースをすべてつぎ込んで、それでも目標に届かなかったという現実は、なかなか受け入れられるものではありませんでした。それまで競技にかけてきた事自体が無価値に思えたのです。
今、私はあの言葉をかけてくれた父と同じくらいの年齢になりました。人生を経て、さまざまな体験をしていく中で、ようやく父の言葉の本質が何かを感じることができる様になりました。自分の人生をつぎ込んで競技スポーツに対して全力を尽くしたこととはあくまでも種まきだったんだと思います。
自分の人生が少しずつ実ってくる中で、何かに全力で打ち込み、夢を実現しようとした体験は、人生を豊かにしてくれます。
競技としてのボクシングは運動強度も高く、勝負がはっきりした厳しい世界です。その中で本気で夢を追いかける事。同じ目標に向かって一緒に進む仲間との日々。指導し、応援して下さる人たちの存在。積みかさねた時間の中でしか得られない事が確かにあり、その価値はとてつもなく大きいものだという事は、その後人生を続け、さまざまな体験をしていく中で感じられるようになりました。
今思えば、父と同じ様に、先輩や指導者の方々からかけられたいろいろな言葉が、人生の中で生きてきました。
父は、こんなふうに「これからの人生で、この経験をどう活かすかがすべてなんだぞ」という事を伝えたかったんだと、今思っています。
その後の人生で、経験した濃密な時間を何に変えることができるか。
それが競技スポーツの真の価値である。競技を通した人間形成が最終的な目標であるということを改めて感じています。
■そのようにして、仲間会長の競技生活の後も続く人生観が構築されていくのですね?
高校を卒業し、私は医師の道を進むことになります。
大学でもボクシングは続けたかったのですが、なかなか簡単ではありませんでした。
授業終了後や、週末に原付バイクで1時間以上かけて地元の強豪高校へ通い、練習に参加させて頂きました。
菊池浩吉先生(後の日本ボクシング連盟副会長)が当時監督をされており、遅い時間からミットを持って頂いたり、2人でスパーリングをしたり、とても可愛がって頂きました。
しかしながら、県や南九州の小さな大会に出場したりはしましたが、夕方までみっちり入った授業、実習、試験の合間を縫っての継続的な練習は困難で、全国クラスの大会に出場することはありませんでした。
大学6年の冬、菊池先生から「人生最後の試合がいつだったか、わからないまま引退はするなよ」と言われ、奮起して(半ば強制されるように)、卒業試験と医師国家試験の間にあった大会に出場。決勝で鹿屋体育大学の選手に敗北し、私の競技生活は終わりました。
こんな時期にボクシングの試合なんて、、、と思いましたが、あの時に、これが人生最後のボクシングだ、と思って全力でやり切ってよかったと思います。
卒業後は宮崎県でリングドクターとしてボクシングと関わり、様々な縁あって、現在、日本ボクシング連盟の会長をさせて頂いております。
自分が育てて頂いたスポーツに、このような形で関わり、恩返しができるのは本当に幸せなことだと思っています。アマチュアボクシングの様なスポーツは、仕事を持たれながら、指導や支援を行ってくださっている方々によって支えられています。
皆さん、私と同様に、ボクシングを通して、得難い体験をしてこられて、それが人生を豊かにする実りをもたらしている。それを次世代に共有したい、伝えたい、という思いがあると思います。その情熱には本当に感謝と尊敬しかありません。
これからボクシングに取り組む多くの方々に、人生に深みをもたらし、人との心のつながりが生まれるような、そんな経験をしてもらい、人生における価値ある時間をもっていただきたいと思います。マスボクシング競技という枠は、より多くの方々にボクシングの素晴らしさに触れていただく機会になると思います。
この素晴らしい競技を普及させていくため、連盟の会長として頑張って参りたいと思います。
■そうしたご経歴をもつ仲間会長だからこその、マスボクシングに対する想いがおありなのですね?
前述したように、私は10代から20代にかけて競技スポーツとしてアマチュアボクシングに取り組みました。
一つの競技に真剣に挑戦したことで学べたことは人生の大きな糧になっています。
競技スポーツは、どうしても結果を追い求めがちです。高みを目指すこと、それ自体は素晴らしいことです。ただ、結果だけではなく、その過ごしてきた時間やプロセスに、人生にとって重要な意味があると思うのです。
練習の中で養われる身体能力、試合で試される精神力や頭脳、その中で培った人間関係だったり、一つの事に打ち込み、積み重ねてきたことに対する自信。対人競技で真剣に相手と向き合う中で芽生える、人間への感謝や、人間の尊厳に対する理解。
そうしたものが、自分の人生の礎となり、自分の人生の指針にも、助けにもなります。
苦しい時に誰か何かが、助けてくれたり、新しい何科を始めるきっかけになったりにもなりました。
人としての深みや人間力、人格形成につながる素晴らしいスポーツだと思います。
そんなボクシングに携わる中で気づいたことがあります。
せっかくボクシングという素晴らしい世界に出会えても生涯継続することがなかなか難しい。それはとても惜しいことです。
たとえば、私は沖縄県出身で大学は宮崎県でした。当時は情報格差が大きく、練習したり試合する相手も少なく、地方ではなかなかボクシングを継続することが難しい状況でした。また、都市部でも、プロに行かないとやめてしまうケースも多い。
ボクシングとせっかく出会ったのに、これはあまりに勿体ないと感じます。
だからこそ、私は、生涯スポーツとしてボクシングを楽しむ場を作り、広く普及させていくことがとても重要だと思います。
これは、競技者としてのみ、ということではありません。
スポーツは、競技するだけでなく、指導者や、スタッフとして支える、応援するなど様々なかかわり方があります。自分のやりたいこと、見たい夢を、自身の環境が変わった中で、自分に合わせて選択して、追究できる環境づくりも重要だと思います。
市民マラソンが一つの典型ですが、老若男女問わず、さまざまなバックボーンを持つ人が、自分のレベルで好きな環境で取り組めて、日本中で参加できる。
これをボクシング競技の中で生涯スポーツとして実現できるのがマスボクシングだと思います。
マスボクシングは階級も、男女の差もなく練習できますし、障碍者の方に取り組んでいただくこともできます。お子様から高齢者まで、長く安全に、自分なりの取り組み方で楽しめるスポーツです。
私は、スポーツが人生を豊かにする価値を生むためには、継続が非常に重要だと考えています。
その時わからなかったことも、継続していく中で、情熱を傾けた時間、仲間と共に過ごした時間、それが自らの人生の強い幹を作り、美しい枝葉を広げ、豊饒な実りになっていく。
私も皆さんとともに、そんなふうに生涯楽しめ、人生を豊かにするボクシングを作っていきたいと思っています。




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